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赤間神宮

  • ブログ名:goma
  • 公開日:2010年06月21日













山口県下関市の赤間神宮に行きました。
壇ノ浦の戦いに敗れ、幼くして海に身を投じた安徳天皇と平家一門の御霊が祀られています。













海上を飛び交う矢。 断末魔のうめき声をあげ、舟から落ちる人、人、人。
舟に乗り、勇ましく突撃する源義経ホームチーム。
アウェイに強いぞ義経チーム。 つーかこいつらアウェイばっかやからな。
対するは、長刀を振るう平知盛。 (タッキーの大河では阿部寛が演じていました)
鬼神のごとき形相で幼なじみ義経に向かいます。

敵味方のたくさんの舟を見て作戦を練る義経くん。
こいつからとんちを取ったら何もなくなる、奇襲だけが取り得の義経くん。

(えっと、舟だろ。 舟の生命線はギコギコ漕ぐやつだよな・・・ ピコ━━━(゚∀゚)━━━ン!!!!! )

「漕ぎ手を射よ!」

ここで解説です。
舟に乗ってはいるものの、この時代、船頭さんは非戦闘員なのです。 派遣労働者なのです。
戦とは武士が為す事であり、非戦闘員を巻き添えにしてはいけないというマナーがあったのです。
地上戦では馬を射ることすらはばかられるこの時代において、
雇われた漕ぎ手をぬっ殺して足を乱すという戦法は言語道断な、ありえないやり方だったのです。
それを義経はやっちゃったんですねー。

これに激怒したのが平知盛さん。

「ちょ、何やってんだ (#゚Д゚)ゴルァアアア!!!!! 」

しかし義経の奇策が功を奏し、潮の流れの変化や味方の寝返りもあって、
平家の敗北は決定的となりました。













かつて荘厳の美をきわめた平家がついに滅亡の時を迎えました。
愛する夫や息子たちが討ち死にしていく中、女たちももはやこれまでと覚悟をきめ、
一人、また一人と、静かに入水していきます。

二位の尼 (平清盛の妻) は、まだ8歳だった孫の安徳天皇に東へ手を合わさせ、
西に念仏を唱えさせると、涙を流しながら幼帝をしっかりと胸に抱き、
「波の下にも都がございますよ」 とお慰めして、壇ノ浦の荒波に身を投じました。

そのため、赤間神宮は竜宮城のような造りになっているのだそうです。













平家一門の墓。
耳なし芳一が亡霊に連れて来られて琵琶を奏でた場所とか。

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建物シリーズ:ワンダーデバイス
土間のある家で薪ストーブやDIYを楽しんでいます。たまに別荘(カントリーカットログハウス)のことも。
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